成長したと感じるのは意外なところ
1年住んだ家も今日で終わり。
名残惜しいですが、大雨が滴り落ちて来るこの部屋は、
今となってはカビだらけで、匂いもあまりよろしくありません。
さて、今回のテーマは「海外で成長したと素直に思えること」です。
人は新しい環境に飛び込んだ時、
恐るべきスピードで成長します。
それは、例えば、語学力、対人スキル、
お腹周りなど人それぞれ何かあります。
私の場合は、特にお腹周りが・・・・っていうことはさておき、
中国に留学した時に成長したと思える事を一つ取り上げます。
それは一言で言うと「怒らなくなった」ということです。
丸くなったと言う言い方も正しいですね。
怒らなくなった?その前はどんな人間か
実際、留学前の私はいつもプンプンしていました。
急いでいる訳でもないのに、バイクで京都の道を急ぎ、
目の前にとろとろし走っている車がいようものなら、
クラクションを無駄なくらい鳴らしていました。
今思えばただのドキュンなのですね笑
暴走族の領域には踏み込んでいないのでご心配なきよう。
北京留学中、もちろん怒ってばかりいました。
例えば・・・・
「日本ではそんなことをしない!あなたたちは間違っている!」
「なんで電車から降りようとしているのに、こいつら先に入ろうとするんだ」
というふうな感じでしたね。
もはや「こいつ」っていう言葉が素直に出て来るぐらい、
心が荒みかけていたかもしれません。
何度も何度も現地人と喧嘩しているうちに、
私はふとある事に気付きました。
「喧嘩しても意味が無い。
怒りは何の価値も生み出さないし、
身を滅ぼすだけの負の感情である。
むしろ、このように考え方が異なるということは
異文化体験として捉えるべきで、
自国の価値観を押し付けるべきではない」
というふうに。
ある人はもしかしたら諦観的だと感じるかもしれませんし、
仏のようになったと思う方もいるかもしれません。
誰が何を思うがいずれも正でしょう。
ただ、そのように考えるようになって、
私は急に怒る事をやめました。
中国人が時間を守らなくても、
列を守らなくても、怒りません。
呆れることもありますが、彼らは自分と違う
生き物なのだと思うようにしています。
(中国人の方、不快にしてしまったら申し訳ない)
今では、例えクラクションを不用意にならされようとも、怒る事はしません。
そのときは、
「何かこの人は家庭環境で問題があったのだろう」
というふうに勝手なエピソードにこじつけて怒りを押し殺しています。
なぜかそれで私は大人しくなれています。
かつての自分とは大違いです。
という上記のブログを書いたのは実は3年前。
現在はワンクッションとして中国留学を経てから、
ベトナムに来ています。まさにチャイナプラスワン。
何も体験することなく、直接ベトナムに来ていたら、
初めの方が憤死するくらい異文化に耐えられないかもしれません。
一度は「ぎゃああああ!むかつくう!」という体験は
どこかでしておいたほうが後々のためになるはずです。
『涙の数だけ強くなれるよ』、ならぬ、
『怒りの数だけ強くなれるよ』、という感じがします。
とはいえ、仕事柄、自己中心的な言動をする
候補者やクライアントもいるので、
時々怒りの感情を感じてしまいますが、
これも海外で働く面白さの一つと捉えると、
何事も笑って済ませそうな気がします。
辛い時こそ笑顔を忘れずにいたいものです。
ちょうど自分に欠けていることですが。笑